インテリア・住宅・建築・生活・趣味・季節感に関わる四方山話. ちょっと素敵な物・事・景色・日常などを紹介したいと思います。
[20110422]
国民の映画1

三谷幸喜の作品は「温水夫妻」以来です。

ナチの宣伝省ゲッペルスの家での一夜のパーティーのお話である。
(本当はこのあたりのドイツ映画界の歴史をちゃんと予習してから観る方がよかったかもしれない。)

ナチは自分達の世界を実現するに当たって、デザインや表現と言うものの力を巧みに利用した。
同じファシズムといわれる日本が質素倹約と言う精神論で国をまとめたのとは少々違う。(それを形にしていたのが旧大阪梅田駅)
まあ日本の場合は天皇を中心とする国のまとまりがあったから必要がなかったのかもしれないが・・・・。

彼らの目指したのはギリシャ・ローマの古典的世界観の復活。
そしてその巨大化を自分達の世界として強いドイツを表現する事であった。
その一端として映画も例外では無かった。
レニー・フェンシュタールが描いたベルリンオリンピックの記録映画「民族の祭典」では執拗にこの肉体美それも白人男性の肉体の美しさが出てくる。

三谷幸喜はこの宣伝省ゲッペルス(小日向文世)が実はハリウッド映画の「風と共に去りぬ」が一番好きだったという逸話を出発点に構想したと言う。
ごく世俗的な映画を愛好する一人の男(女好きで地位を使って新人女優をたらしこむ、総統を恐れ、妻とは仮面夫婦)が結局はあのナチの世界を構成する一員としてドイツ映画で世界的な娯楽大作を作ってそれを国民に見せ熱狂させる事が出来るはずだと夢見た。

とにかくあらゆる方法を使ってドイツの最高のスタッフを集めそれを実行させようとする一夜の出来事としたようだ。

そこに現われる者たちはすべて世俗的で一般的な人間。

親衛隊長ヒムラー(段田安則)にいたっては貝殻虫の命を大切に思う園芸家として描かれる。
当然一方で冷淡に第三帝国の思想に外れるものやユダヤ人の気配を探す人間であることは言うまでもない。

反政府的な作家ケストナー(今井朋彦)は出生の秘密からユダヤ人の血が入ることをゲッペルスに見つけられそれ故自分の命大事さにナチに協力する人物。

ゲーリング(白井晃)は藝術に関してかなり造詣が深いが、薬物中毒者。
お気に入りの演劇人(小林勝也)は一本筋の通ったバイセクシュアルな人間(これもナチからは不要な人間とみなされている)

そして映画監督にはレニ・リーフェンシュタール(新妻聖子)。
自分の表現の為ならどんな悪魔とも手を組む。
しかし身体を許すことはしない。
ゲッペルスの妻(石田ゆり子)とは友人。

ゲッペルスの妻は密かにケストナーを慕っていて、誤解の世界に入っている。

そしてゲッペルスに取りいって自作自演の映画を作製しようとする監督もする俳優エミール・ヤニングス(風間杜夫)。
軽率で見栄っ張りな女優(シルビア・クラブ)。

とにかく身体を提供しても役を欲しい新人女優(吉田羊)。

イケメン男優で単純な男優(平岳大)。

そしてこれが主役かもしれないゲッペルスの執事(小林隆)映画のあらゆることを知っている生き字引のような人。
その才能を生かしてドイツ映画界の反体制的な人間を収容所へ送らせないようにゲッペルスに助言をしている。

物語はその一日に互まみえる人達が精一杯ナチの厳しい検閲の中できる事を模索し、そして自己実現をしようと試みる。

しかし不用意な発言があり、執事がユダヤ人であることが露見する事でそれぞれの人間の本質が暴露されてゆく。

パンフレットには「彼らが愛したのは映画かー国家かー」と言うタイトルはありますが、言うまでも無く彼らの愛していたのは小市民的な自分自身。

人がどんな物を評価しそれをどういう風に位置づけようとno problem。
しかしそれを集団に強制し,ずれてゆく者を収容所送りにするのは狂気だ。

大不況下、第一次大戦での保障問題を引きずり憂鬱な社会状況で、それを打ち砕く元気のよさで国民を熱狂させたドイツ社会主義労働党。
結局はそんな異常な状況下、他人を思いやる事を忘れ自己愛の集団暴走が社会を悲劇に陥れる。

ゲッペルスの妻がユダヤ人とわかった執事が明日当局に出頭して帰ってこないことに対して「これから寂しくなるわねぇ~~ユダヤ人にしてはいやな所が無かったのに・・・」と口走る所などはその際たる物だ。

特別の人達が特殊な事を夢見たのではなく、ごく普通の人達がちょっとした違和感を排除するように動いた。

それに加担した芸術家とてその行く先を見ていてものは表に出ることは許されなかったし。
表に出ない物は本来芸術家とは呼ばれないのである。

(あのル・コルビジェをしてもナチに擦り寄って仕事を取ろうとした。幸い仕事はもらえなかったが・・・・)

とにかく現代のマスコミすら一般の人間と政治の指導者を線を引いて考えている傾向がある。
ナチは確信犯だが、現代のマスコミは自覚がない分始末が悪い。

煽っておいて落としどころを知らない。

しかし結局はその国民があっての政治家。
ただ平凡でちょっと怖がりな、そして大きな威勢のよさに流されやすい圧倒的な人々が社会の全体像を形作っている。

そして人間は見たいようにしか物事を見てはいない。
このことを深く認識させる演劇だったのだろう。

なかなか眼の付け所が素晴らしい。

でも私としてはこれを喜劇として演じて欲しかった。

そして、執事がユダヤ人と判明する以降の部分をもっと簡潔に。
その後の説明なんかは映像でテロップを流す程度で。

面白うてやがて悲しき(恐ろしき)の風情を三谷幸喜ゆえ、そこまで要求したい所でもある。

国民の映画2


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